短編

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一方通行

「うぁぁぁん!どうしよう、みっちー!」

「知らないわよ、私に構わないで」

「みっちーの馬鹿!頼むよー!」

(鬱陶しいなー)

 片桐満(カタギリミチル)は、学校の廊下で自身のニックネームを呼びながら土下座しそうな勢いで頼むこんでくる友人、瀬乃灯里(セノアカリ)を冷めた目で睨み付けた。
 先程から、この友達のせいで同級生達の目線が痛いのだ。
 なんとかしなければ、今後の満の立場が危うくなってくる。
 そもそも何故こんなことになっているのかというと、灯里の部活について話さなければならない。

 灯里は高校の中でも地味な部類に属する文芸部という、小説を書く部活、一般人は決して近寄ってこないなかなかにマニアックな部活に属している。
 その文芸部の部誌の締め切りがなんと明後日なのだという。そしてそれを、事もあろうに満に何とかしろと相談してきたのである。

「そもそも!なんで私に頼るのよっ!」

 満は右腕を振り上げて灯里を体から引き離しながら、ぎっと彼女を激しく睨んだ。
 満は文芸部員でもなんでもない、ただの帰宅部だ。

 家に帰ってダラダラすることが至上の幸せ。
 そんな満に頼んだところでなにも解決はしない。
 だが、灯里は満を呆れ眼で見やるとやれやれといった様子で、ため息を付いた。

「だってあなた小せっ!」

「わー! わー! わー!?」

「ふぐっ!?」

 満は急いで灯里の口を自分の手で覆うと、わざとらしく大きな声で叫びだした。
 そしてそのままズルズルと彼女を引きずって階段の裏まで連れ出した。

「灯里ちゃん? それは言わないお約束でしょう? ね?」

 ドスの効いた声を笑顔で放ちながら黒いオーラを纏う満に、灯里は無言で頭を上下に降るしかなかった。
 理解した事を確認した満は、そう、と小さく呟いてから乱雑に彼女を開放した。

「ひっ、ひどいじゃない!」

(酷いとか言われても)

「酷いのはそっち。私は秘密にしておきたいの」

 何を隠そう、満は若年層から絶大な人気を誇る恋愛小説家なのだ。なんとなく、ノリで小説大賞に応募したら金賞をとってしまい、そこからはどんどん波に乗り、気付けば発行部数三十万部突破のヒット作を持つ有名小説家「中村恵梨香」になってしまっていた。

「えー、私は吹聴したいのに……」

「黙ってて、ね? バレると色々面倒くさいのよ」

 サインを求めてきたり、ストーカーされたり、恐ろしいことこの上ない。
 だから、ファンに住所を特定されない為にも、満は自身の身の回りの情報に関してだけは徹底的に管理していた。

「それから、灯里」

「うん?なあに?」

「小説は、自分で完成させなさい」

 作品は自身の魂の結晶、それを他人の名前で出されるなど耐え難い屈辱だ。

 そもそも、小説には個々の文体というものがあって、下手をすれば満が中村恵梨香だとバレてしまう可能性もある。
 満は満面の笑みで灯里を見つめると、いいから私に構うなというドス黒いオーラを瞳の中で放った。
 灯里は、最初不服気だったが、渋々といった様子でなんとか了承してくれた。

「わかった……、自分で頑張りますー」

「よろしい、頑張ってね、灯里先生?」

「はーい……」

「もし期日に間に合わなかったら、その時は一緒に謝ってあげるから」

「本当!?」

「うんうん」

「わーい! 先生大好きですー!」

(調子がいいんだから)

 満は、全力で笑顔を向けながら抱きついてきた灯里を、やれやれといった様子で、そっと撫でた。その時だった。

「……瀬野さん、こんなところにいたんだね」

「黒原先輩?」

 唐突に、階段下をひょっと一人の男子生徒が覗いていた。

(げっ……黒原裕司)

 灯里はどうしたんだろうといった様子だったが、満は彼に対して明確な敵意を持っていた。
黒原裕司、文芸部の副部長の高3。
 その名の通りストレートの黒髪にフレームレスの眼鏡、といったいかにも真面目そうな印象の美青年。
 そのスラッとした体型に高い身長、穏やかな性格、整った顔立ちは女子生徒達からも評判であり、それなりにもてているのであるが、如何せん部活が文芸部ということで、やや遠巻きから眺められていることの多いやや残念なイケメン。
 それが彼だった。

「瀬野さん、部長がかなりお怒りだ」

「え……やっばい! ごめん、満。……私ちょっと部活行ってくる!」

(やっぱり呼ばれたか……)

 文芸部の部長は鬼としてなかなか有名だ。
 そんな先輩が黙っているとは考えにくかったのでらこれは予想の範疇と言える。

「はい、頑張ってね」

「う……しごかれてくるわ」

 満はぽんっと灯里の肩を叩くと、彼女をそっと送り出した。これでようやく帰れる。
 彼女には悪いが少しほっとした満は、まだ黒原が満の帰路を塞ぐようにその場に立っているのが見えて、はぁとため息を付いた。

「黒原センパイ、帰りたいのでそこをどいていただけませんでしょうか」

「丁重にお断りさせてもらうよ、先生?」

 この男に先生と呼ばれるのに、さほど驚きはしなかった。
 黒原裕司、別名片桐満のストーカー。正しくは、中村恵梨香のストーカー。
 黒原裕司とはこの高校に入ってから知り合った。満がまだ高校一年生で、彼が高二だった時、灯里が文芸部に見学に行きたいというから渋々ついて行った。

 それが、全ての始まり。

 かい図体をしているのに、好きなジャンルが恋愛小説という意外性から彼に対して興味を持つのに、そう時間は掛からなかった。
 なんとなく趣味が合うこともあって、自然と仲良くなった。
 実は家が近所にあるということが発覚し、そこから二人は仲良くなっていった。

 だが、その前後あたりから常に誰かの視線を感じるようになった。

 そして、中村恵梨香だと発覚したあたりから更にストーキング行為は激しくなった。朝晩のメールは日常茶飯事、何度メアドを変えてもどこからか入手してくるその人脈が憎たらしい。

「……何か用? ストーカーさん」
「ひどいなー、ねえ満が俺と付き合ってくれれば、こんなことする必要ないのに満は俺を焦らしたいの?」
「そんなわけ無いでしょう!?」

 しれっと笑顔で言い放つ男に殺意すら沸く。誰が付き合うか。

「ああ、やっぱり焦らしたい訳じゃなかったんだね。よかった」

 ほっとしたように安らかな笑顔の男に、気持ち悪いという感情しか抱けない。
 世間一般ではイケメンとされるその顔も、満にとってはただの嫌悪対象でしかない。

「だって以上焦らされたら俺……」

 君を滅茶苦茶にしたくなる

 そう優しく甘く満の首元を撫でながら囁いた悪魔に、満はブワッと全身に鳥肌が立つのを感じた。今はまだ逃げていられる。

 でも、この男は周りからじわじわと埋めていくタイプだ。
 いつのまにか、満の両親から公認の彼氏として認められてしまっていた時にはさすがに卒倒仕掛けた。
 彼がどうしてそんなにも満に拘るのかが分からない。たかが恋愛小説家の満のなにが、黒原に狂気を芽生えさせたのだろうか。

「愛してるよ」

 その言葉は満に向けたものなのか、それとも恵梨香に向けられたものなのか。
どちらにせよ、この男からは逃げられないのだろう。
 満は、目の前が黒く塗り潰されていくのを感じた。
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